1995年5月20日午前2時半。日立製作所会長の東原敏昭さんの枕元に置いていたPHSが鳴った。「プログラムを更新できません」。JR東日本の鉄道運行を管理する東京圏輸送管理システム(ATOS)の現場担当者からだった。東原さんは当時、コンピューターシステムを手掛ける大みか事業所(茨城県日立市)でATOSの品質責任者を務めていた。交通インフラを支える止めてはならないシステムだが、JR国分寺駅で実施す ...